いぼたろうの あれも聴きたい これも聴きたい

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カテゴリ:女声_邦楽( 4 )


2015年 11月 01日

天才少女時代の美空ひばり―フィルモグラフィー

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承前、美空ひばりのディスコグラフィーを作っているときに、映画の中で歌われているのはレコードとは違うバージョンであることに気づきました。
Youtubeにレコードと映画と両方あるのを聴き比べてみると、 映画の方は、レコードの初々しさがなく、ふてぶてしい感じです。
録音システムの違いもあるかもしれませんが、レコード方がマイクの前で緊張して歌っているようで好感が持てます。

映画デビューの方がレコードデビューより早く、1949年3月の「のど自慢狂時代」で、ブギウギを歌う少女として出演しましたが、何を歌ったかさだかではありません。[1]

また、レコードに吹き込まれなかったためにディスコグラフィーには無い、映画の中でのみ歌った曲も多数あるので、美空ひばりの歌唱を網羅するのに、ディスコグラフィーだけでは片手落ちだと思うに至ったのです。

そこで[2]を元に彼女のフィルモグラフィーを作り始めました。
1950年までに録音された曲で、映画公開が1951年になった曲もあるので、1951年までを含めました。
ディスコグラフィーと同様、Youtubeで見つかった映画挿入歌のURLを記載しました。

美空ひばりが映画の中でどんな歌を歌っているか知りたくていろいろ探したが見つからず、代わりに、歌っている時間を集計した文献[3]を見つけました。
その中の表4から、歌唱時間A(美空ひばりが映画に映って歌っている時間)を抜き出して、フィルモグラフィーに記載しました。
こうして見ると、1曲約2分として大体網羅できているのではないでしょうか?
「鞍馬天狗 角兵衛獅子」だけ、[3’ 17”]の歌唱時間に比べて大幅に多くの歌がYoutubeにありますが、このうちいくつかはほかの映画の誤記かもしれません。
また「あの丘を越えて」は、あと1-2曲あるかもしれません。

なお、写真の出典は[4]です。



              美空ひばりのフィルモグラフィー (1949-51)
                                               [ ]は歌唱時間

1949/3/28
のど自慢狂時代 東横

1949/6/7
びっくり五人男(ラッキー百万円娘) 新東宝 [4’ 15”]
『憧れのハワイ航路』 https://www.youtube.com/watch?v=tW1aqo7qfC4
『ジャングル・ブギー(替歌)』 https://www.youtube.com/watch?v=Zfmc8bsK_VA

1949/8/1
踊る龍宮城 松竹 [1’ 09”]
『河童ブギウギ』 https://www.youtube.com/watch?v=hSPT_US3C28

1949/10/11
あきれた娘達(金語楼の子宝騒動) 新東宝 [2’ 32”]
『題名不詳2曲』 https://www.youtube.com/watch?v=RSwXK7s98_Y

1949/10/24
悲しき口笛 松竹 [6’ 26”]
『悲しき口笛』 https://www.youtube.com/watch?v=GorIRRmeFkg
『ブギにうかれて』 https://www.youtube.com/watch?v=lBa1QuDzktQ
『別れのタンゴ』 https://www.youtube.com/watch?v=Lx-s9YuO67M


1949/12/13
おどろき一家 大泉
ホームラン狂時代 東横

1950/2/14
ヒットパレード 東映

1950/4/1
憧れのハワイ航路 新東宝 [8’ 32”]
『ひばりの花売娘』 https://www.youtube.com/watch?v=LPZAFqq8hkI '
『タンゴ』 https://www.youtube.com/watch?v=UcxbzV6Sv4o
『かよい船・玄海ブルース・薔薇を召しませ』 https://www.youtube.com/watch?v=DrqPllFCIyc
『題名不詳』 with 岡晴夫 https://www.youtube.com/watch?v=kK10jFPXJTE

1950/4/9
放浪の歌姫 松竹
『私のボーイフレンド』
続・向こう三軒両隣り 第三話・どんぐり歌合戦 新東宝 [5’20”]

1950/4/23
エノケンの底抜け大放送 新東宝

1950/4/26

戦後派親爺 新東宝

1950/05/07
続・向こう三軒両隣り 第四話・恋の三毛猫 新東宝 [5’20”]

1950/5/20

青空天使 東横
『青空天使』
『ひばりが唄えば』

1950/9/9
東京キッド 松竹 [10’ 30”]
『東京キッド』 https://www.youtube.com/watch?v=UJ_aKUob-IY
『浮世船路』
『みなしごの歌』 https://www.youtube.com/watch?v=ViGYOmnGJqE
『湯の町エレジー~トンコ節』 with 川田晴久 https://www.youtube.com/watch?v=GrD9y9bRX24
『ひばりが唄えば』 https://www.youtube.com/watch?v=C8ryfeVWQ-4 

1950/12/2
左近捕物帳 鮮血の手型 松竹 [2’ 36”]
『ちゃっかり節』 https://www.youtube.com/watch?v=TCbbrklBWNI
『誰か忘れん』 https://www.youtube.com/watch?v=1Ai4fPtCcNY

1950/12/23
黄金バット摩天楼の怪人 新映画

1951/1/3
とんぼ返り道中 松竹 [5’ 57”]
『越後獅子の唄』 https://www.youtube.com/watch?v=L2mH4rq7YCk
『あきれたブギ』 https://www.youtube.com/watch?v=D9Kvasm41CY
『舞踊 ・奴凧~越後獅子の唄』 with 宮城千賀子 他 https://www.youtube.com/watch?v=ipQuMQG9cW0

1951/3/9
父恋し 松竹 [3’ 24”]
『私は街の子』 https://www.youtube.com/watch?v=zfTgKxiG2HE
『父に捧ぐる歌』 https://www.youtube.com/watch?v=2QxLtkvfePc

1951/4/27
唄祭りひばり七変化 松竹

1951/5/19

泣きぬれた人形 松竹 [7’ 00”]
『泥んこブギ』 https://www.youtube.com/watch?v=Dlhjl3SEI-U
『庭の千草』 https://www.youtube.com/watch?v=QY-XnI8pYjc
『愛の明星』 https://www.youtube.com/watch?v=WwBMh4dhEi4
『故郷の廃家 ( My Dear Old Sunny Home )』 https://www.youtube.com/watch?v=Nk80U8YxyTk

1951/7/12
鞍馬天狗 角兵衛獅子 松竹 [3’ 17”]
『鞍馬天狗巻頭の口上~角兵衛獅子の唄』 with 川田晴久 https://www.youtube.com/watch?v=VkMct-HBuA4 [1’ 35”]
『角兵衛獅子の唄~川田節(飴売り唄)』 with 川田晴久 https://www.youtube.com/watch?v=jDZSnBQCB0k [0’ 50”]
『京の春雨』 https://www.youtube.com/watch?v=L94ox7hzcCs (ひばりの映るシーンはわずか)
『浪曲 紺屋高尾』 https://www.youtube.com/watch?v=FjxG1M8OpzU [1’ 37”]
『唄入り観音経』 https://www.youtube.com/watch?v=B9sbt6MjhCs [1’ 48”]

1951/7/27
母を慕いて 松竹 [10’ 50”]
『母を慕いて 舞踊場面』 https://www.youtube.com/watch?v=NhwoKMcgg64
『京小唄』 https://www.youtube.com/watch?v=nMQz5izH_fU
『別れ船』 with 田端義夫 https://www.youtube.com/watch?v=OrTR8ioIsy4
『かよい船』 with 田端義夫 https://www.youtube.com/watch?v=jsGGdsYBxXg
『大利根月夜』 with 田端義夫 https://www.youtube.com/watch?v=w7ky16-rNJ8

1951/9/21
ひばりの子守唄 大映 [4’ 52”]
『おさげとまきげ』 https://www.youtube.com/watch?v=-0YeCcSZLWg
『父恋し母恋し』 https://www.youtube.com/watch?v=QllJ0PGlprU
『私のボーイフレンド』 https://www.youtube.com/watch?v=MVUqMkpyWmM
『説教場面~父恋し母恋し・おさげとまきげ』古今亭志ん生 https://www.youtube.com/watch?v=jFRABoN6hIM

1951/10/12

鞍馬天狗 鞍馬の火祭 松竹 [3’ 52”]

1951/11/1
あの丘を越えて 松竹 [10’ 16”]
『あの丘越えて』 with 鶴田浩二 https://www.youtube.com/watch?v=k7otXrUVNaQ [2’ 14”]
『街に灯がとぼる頃』 https://www.youtube.com/watch?v=BFhPb4rwy18 [2’ 38”]
『夢の花かげ』 https://www.youtube.com/watch?v=iijZM071VD0&index=5&list=RDw7ky16-rNJ8 [2’ 33]


最後に、ここにあげたYoutubeの曲のほとんどをアップされたalouette529さんに厚く感謝の意を表します。


References
[1] のど自慢狂時代 「東京国立近代美術館フィルムセンターは、本作の上映用プリント等を所蔵しているが「48分」の不完全版である。現存するのはこの不完全版のみであり、このヴァージョンは美空ひばりの登場シーンを欠損している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AE%E3%81%A9%E8%87%AA%E6%85%A2%E7%8B%82%E6%99%82%E4%BB%A3
[2] 美空ひばり 公式ウエブサイト http://www.misorahibari.com/discography/index.php
[3] 斎藤完、”美空ひばりの普及と初期映画の関係” 山口大学教育学部研究論叢. 芸術・体育・教育・心理, 60 号, 115-126 (2011)
[4] ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E7%A9%BA%E3%81%B2%E3%81%B0%E3%82%8A
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by ibotarow | 2015-11-01 08:11 | 女声_邦楽 | Trackback | Comments(0)
2015年 10月 31日

天才少女時代の美空ひばり ― ディスコグラフィー

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天才の誉れ高いモーツァルトは3歳でチェンバロを弾き、5歳で作曲したそうですが、美空ひばりも負けてはいません。
美空ひばり公式ウエブサイト[1]によると、彼女は3歳までに小倉百人一首をほとんど暗記し、4歳で流行歌を覚え始めたそうです。

そのような天才少女ぶりを示す、デビュー前の美空ひばりの伝説の一つに、NHKのど自慢鐘なし事件があります。
1946年1月19日にNHKラジオ番組「のど自慢素人音楽会」が始まりました。

[1]によると、
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1946年12月 NHKの「のど自慢素人音楽祭」に出場、「悲しき竹笛」を歌うが、鐘が鳴らなかった。うますぎて審査員の反感を買う。
「子供が大人の歌をうたうのは、どうも影響がよくないので…」
和枝、大粒の涙を流し「どうしてなの…」(この時の歌「リンゴの唄」の説もある)
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ちなみに「悲しき竹笛」は、日本最初の接吻映画「或る夜の接吻」の主題歌で、奈良光枝と近江俊郎のデュエットで大ヒットしました。

一方、ウィキペディア[2]によると、
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1946年、NHK『素人のど自慢』に出場し、予選で『リンゴの唄』を歌いひばり母子は合格を確信したが鐘が鳴らない。
審査員は「うまいが子供らしくない」「非教育的だ」「真っ赤なドレスもよくない」という理由で悩んだ挙句、合格にできないと告げた。
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ところで、NHK岡山スタッフブログ[3]によると、
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実は、番組スタート当初、合格・不合格を伝える「鐘」はなかったそうです。
合格の場合は司会者が「おめでとうございます。合格です」、不合格の場合は「もう結構です」と言葉で伝えていました。
ところが、不合格の人が「歌の出来が“結構”」と取り違えて、ぬか喜びするケースが続出。
そんな時、スタッフが楽器倉庫の隅にあった鐘を見つけて「これを鳴らせば・・・」ということになったとか。
番組のシンボルでもある「鐘」の演出が取り入れられたのは、1947(昭和22)年7月、番組名が『のど自慢素人演芸会』に変わったころです。
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ということで、美空ひばりが出場した1946年には、鐘はまだなかったので鳴らなくて当たり前、ということになりますが、 要は、合格しなかったということですね。

それでは、「子供が大人の歌をうたうのはいかがなものか」という当時の文化人の批判の具体例を探してみると、
まず劇作家の飯沢匡、

ブログ「荒牧陽子に期待:ものまね芸能史の視点から」[4]によると、
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ひばりについて、誤った記事を流して叩いた最初のマスコミは、『婦人朝日』の昭和24年10月号だ。ひばりが12歳の時である。
同誌の編集長をしていた劇作家の飯沢匡は、敗戦後になって子供タレントたちが大量に出現したことに腹を立てていた。こき使われ、虐待されていると考えたためだ。
(中略)
記事では、マイナスのイメージとなる写真ばかりを並べ、親が児童福祉法など無視して無理に歌わせ、稼がせているような書きぶりとなっていた。「タイハイした大人の猿真似を子供にさせる」といった表現までなされている。
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この(中略)の部分も朝日らしくてなかなか面白いのですが、話題が発散するので省略、興味ある人は元のブログを読んでください。

次に詩人のサトウハチロー、
[2]によると、
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詩人で作詞家のサトウハチローは当時のひばりに対し「近頃、大人の真似をするゲテモノの少女歌手がいるようだ」と、批判的な論調の記事を書いている[注釈 4]。

注釈 4.  ひばり母子はこの記事を長く保存しハチローに敵愾心を持っていたと言われるが、後にハチローと和解している。
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この記事はいつどこに書かれたのかと調べてみると、 [1]に、
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1950年01月23日
この日の『東京タイムス』紙「見たり聞いたりためしたり」にサトウハチローがひばりをゲテモノ呼ばわり
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がありました。

飯沢匡は、「タイハイした大人の猿真似を子供にさせる」
サトウハチローは、「近頃、大人の真似をするゲテモノの少女歌手がいるようだ」

どちらも戦前からの儒教的道徳観に染まっていますが、美空ひばりの出現がそれほど前例のない衝撃的なものであったということを窺わせます。
でも、事実上のデビュー曲である「悲しき口笛」の売上45万枚の数字は、一般大衆には熱烈歓迎されたことを物語っています。

その後、なんと1950年のアメリカ公演のライブ録音が残されていることを知りました。
まず、[1]によると、
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1950年 05月16日
川田晴久、母・喜美枝とともにハワイ巡業へ出発。太平洋戦争で殊勲をたてた二世部隊の第百大隊の記念塔建設基金募集興行。
この時笠置シヅ子が歌ったブギを歌うことを禁じられる。ホノルル・シビック公会堂、マッキンレー・ハイスクール、カツナコア講堂とそれぞれの公演は大成功をおさめる。その後、アメリカ本土に渡る。ハリウッドではマーガレット・オブライエンと会い、共演作に発展する。
07月24日 帰国。
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美空ひばりは5月15日に「東京キッド」を録音しているので、その翌日に日本を発っています。
超過密スケジュールだったことが窺えます。飯沢匡の心配もわからないではありません。

このライブ録音は1950年6月24-25日、カリフォルニア州サクラメント市での公演らしいです。
2013年に日本コロムビアからCD[5]が出ています。

CDの解説[6]に、この音源の奇跡的な発見の由来が書いてあったので概要を紹介します。
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2008年8月、元電話会社の技術者で、趣味で古い録音機を集めたり修理したりしている、カナダ在住のディーター・ホーランダー氏がeBayで、ワイヤーレコーダーのワイヤー12巻を落札。
セラーに入手経路を聞いたところ、サクラメント市のフリーマーケットで入手したとのこと。
リールの入れ物に日本語らしき文字があり、ところどころにローマ字で「Hibari」などと書いてあった。
再生してみると、日本人のものらしき歌声が聴こえてきた。
彼は1年間かけて、Youtubeの音源と比較して、歌手の名前を推定した。
2009年8月25日、ホーランダー氏は、シカゴ大学東アジア言語文化研究学部のマイケル・ボーダッシュ教授にメールして、1950年にサクラメントで行われた美空ひばりその他のコンサートの録音らしきものを持っていると告げた。
2013年3月に開催された北米「アジア研究協会」の例会で、この音源が公開された。
ボーダッシュ教授は、ホーランダー氏の希望で、美空ひばりの事務所や遺族に連絡し、音源を送った。
2013年8月、ホーランダー氏は、ワイヤーをすべてUCLAの大学付属図書館に寄贈した。
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ワイヤーレコーダの音質は、当時のSPレコードの音質をはるかに凌駕しています。
Youtubeに一部アップされていますので、ぜひ聴いてみてください。

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by ibotarow | 2015-10-31 07:18 | 女声_邦楽 | Trackback | Comments(0)
2009年 12月 06日

童謡謎レコード

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先日の連休、大阪の実家の片づけをしました。わずか2,3日で、何十年ものゴミが片付くはずもありませんが、2,3の発掘品を持ち帰りました。

写真のレコードは、子供の頃、蓄音機で聴きなじんだ童謡です。50数年ぶりに聴きました。

平井英子、本多信子
53013-A [OB6695△]雀をどり
               あの町この町
               蛙の夜廻り
53013-B [OB6697△]キューピーピーちゃん
               汽車汽車走れ
               雨降り

10インチ片面に3曲入っていますから、1曲は1分にも足りません。 がーさんからの情報によると、番号から昭和9年頃の録音ではないかということでした。

さて、レコードの溝は片面に何本あるでしょう?という質問の答えは、もちろん無数ではなく、1本が正解ですが、このレコードは片面に3本あります。
3本の溝はパラレルに刻まれていて、針を下ろすタイミングで、どの溝に嵌るかが決まります。
盤面をよく見ると、3本の溝の始点が120度間隔、つまり正三角形の頂点になるように並んでいました。

この種のレコードをなんというか忘れてしまっていたのですが、レーベルをよく見ると、
「童謡謎レコード」
と書いてありました。

子供のときは実に不思議に思っていましたが、今でもどうやってカッティングしたのか謎です。
ご存知の方、ぜひご教示ください。

その後、謎レコードの英語表記を求めていろいろ検索した結果、
 puzzle record
 multisided record
 multiple-groove record
 multi track disk
などがあり、決まった言い方はないようです。

これらのうち、multisided recordにはウィキペディアがあり、
それによると、LPにもあるようです。

まあ、LPのカッティング・マシンはそれなりの精度もあり、複数溝のカッティングも可能かと思われますが、驚くべきは、この記事の終りに、この種のレコードの最古の例は、1901年の
Victor A-821 Fortune Telling Record
だと出ていたことです。
さらに、このキーワードで検索してみると、正にこのレコードがYouTubeにアップされていました。

ラッパ吹き込みの黎明期からあったということは、難しく考えずにやってみたらできちゃった、ということでしょうか?それとも100年前の超絶技巧の名人芸なのでしょうか?

今のところ、mr.hmvさんとボクのあいだでは、3倍ピッチで3回カットしたのではないか、ということに落ち着いていますが、果たして真相や如何に?
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by ibotarow | 2009-12-06 11:18 | 女声_邦楽 | Trackback | Comments(7)
2003年 12月 27日

笠置シズ子 (1914-1985)

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笠置シズ子 買物ブギー、日本コロムビアA 822 (1950)


美空ひばりがビリー・ホリデイなら、笠置シズ子はベッシー・スミスだ、という話をどこかで読んだ。うーん、そうだったのか。ちょっと違う気もするが、あの、あっけらかんとした明るさの陰にある悲しさみたいなものが、共通するといえばいえるかもしれない。ところで、笠置シズ子の最高傑作は東京ブギウギでなく、買い物ブギだと前から思っていた。この曲のオチであるキーワードが差別用語とかで、現在では放送はされないし、復刻CDもその単語をカットされているらしいので、原曲の猥雑さを味わうにはオリジナルSPを聴くしかないのが、いささか残念である。
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by ibotarow | 2003-12-27 00:00 | 女声_邦楽 | Trackback | Comments(0)