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2016年 01月 14日

パブロ・カザルスのDB851とDB1067の怪

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先日、お客さんが二人来られた。蓄音機を聴きに来られたのである。
愛聴盤をお持ちくださいと申し上げていたので、何枚かのレコードを持ってこられた。
その中の一枚に、パブロ・カザルスのバッハのトッカータ/グラナドスのゴイェスカスの英HMV盤があった。
聴いているうちに、ひょっとしてうちにもあるかもしれないと思ったが、探すのが面倒なので、その時はそのままになった。

次の日になって探してみたら、果たしてELECTROLA盤DB1067があった。
[A31977△] Toccata in G dur - Adagio (Bach)
[A31978△] Goyescas - Intermezzo (Granados)

あ、やっぱりと思ったが、問題はここからで、その隣にスペインHMV盤DB851があったのである。
[A31977] Adagio (Bach)
[A31978] Goyescas (Granados)

バッハのタイトルが少々違うが、マトリクス番号は両面とも同じである。
△の有無と、書体がちょっと違うのが気になるが、これはドイツ盤とスペイン盤の表記の違いかと都合の良いように考えた。
DBの800番台はラッパ吹込みじゃないかとも思ったが、聴いてみると両面とも同じ演奏に聴こえた。

同じ音源でありながらカタログ番号が違うとはこれいかに?と、
CHARM[1]で、Goyescasを検索してみた。
その結果、米Victorがオリジナルで、下記のように2種類あることがわかった。

Composer: GRANADOS, Work: Goyescas - Intermezzo, Performer: Pablo Casals, cello, Édouard Gendron, piano, Date: 1925-02-21
Catalogue: Gray
CatNum: LM-2699
Date: 1925-02-21
Venue: Camden, Victor Studio No. 1
Label: RCA Victor
Composer: GRANADOS
Title: Goyescas - Intermezzo
Issue_78_45: 6501. HMV DB851
Num: C 31978
LpNum: LM-2699
CdNum: Biddulph LAB-143
Performer: Pablo Casals, cello, Édouard Gendron, piano

Composer: GRANADOS (arr. Cassadó), Work: Goyescas - Intermezzo, Performer: Pablo Casals, cello, Nicholai Mednikoff, piano, Date: 1927-02-28
Catalogue: Gray
CatNum: LCT1050
Date: 1927-02-28
Label: RCA Victor
Composer: GRANADOS (arr. Cassadó)
Title: Goyescas - Intermezzo
Issue_78_45: 6635. HMV DB1067
Num: CVE 31978
LpNum: LCT-1050
CdNum: RCA Gold Seal 09026-61616-2
Performer: Pablo Casals, cello, Nicholai Mednikoff, piano

まずピアノ伴奏が違うし、前者は1925年の最後期のラッパ吹込み、後者は1927年の電気吹込みであった。
この音の違いがわからなかったとは我ながら情けない。

しからばと、もう一度聴いてみた。
DB851:エネルギーが中音に集中、ピアノ低音少なし。
DB1067:細身で、エッジが立っているというか高音が伸びている。
なんだ、全然違うじゃん。
いくらリメイク盤といっても、違う演奏に同じマトリクス番号を付けるとは何と紛らわしい!
先入観は恐ろしい、という新年早々のお粗末でした。

その後、先日のお客さんの一人から、
「マトリクス番号が必ずしもユニークを担保するデータにはならないということですね。人間不信になりそうです。」
という、まことにごもっともな感想をいただいた。

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by ibotarow | 2016-01-14 14:52 | チェロ | Trackback | Comments(2)
2014年 06月 30日

マヌエル・キロガのディスコグラフィー

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話は約9年前に遡ります。その頃キロガの復刻CD[1]を手に入れました。
1曲目に作曲者不詳の"Capricho Jota" が入っていました。
これはオークションで見かけた、
[488y] X-57900 Jota Capricho (José del Hierro)
ではないかと思っていたのですが、確かめるすべはありませんでした。

最近、キロガのディスコグラフィーを作りかけているのですが、先ほど、ふと思いついてYoutubeを探してみると、
Jose del Hierro - Gran Jota Capricho
がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=tPB2qDdg90E
同じもののようです。
この人はずいぶん音程が怪しくて聴きづらいですが、キロガの演奏で聴くともっと魅力的な曲です。

ケリー[2]によると、488yは1909年3月11日マドリードでの録音です。
今までキロガの初録音は20歳の1912年だと思っていましたが、1909年3月だと16歳です。
その頃のキロガにレコードを吹き込むチャンスはあったのでしょうか?

キロガの伝記[3]を読んでみると、1904年に12歳でマドリードの王立音楽院に入り、ついた先生が、この作曲者のJosé del Hierroでした。
2年後、Mugártegui家から1682年製のアマティを贈られます。
1907年から1909年まで、キロガはマドリードやその他の都市で多くのコンサートを行いました。
1909年10月14日、スペインでのHierro先生のレッスンを終了し、お父さんとベルリンへ旅立ちます。
フリッツ・クライスラーに教えを受けるためでしたが、途中に立ち寄ったパリで変心します。
パリ音楽院のオーディションを受け、合格したのです。
キロガはジュール・ブーシュリやティボーについて2年間勉強し、1911年に1等賞を取りました。

このことから考えると、1909年にマドリードで先生の曲を録音するのは不自然ではありません。
またパリ音楽院で1等賞を取った後の1912年にパリで録音したのも頷けます。
なお、キロガはパリでMarthe Lehman と出会い、二人は1915年7月21日に結婚します。
したがってマドリード録音時のピアニストはMarthe Lehmanではありません。

パテに関しては復刻CDしか資料がなかったので、まだ他にあるかもしれません。

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by ibotarow | 2014-06-30 07:44 | ヴァイオリン_電気録音 | Trackback | Comments(0)
2014年 05月 31日

ヤン・クーベリックのディスコグラフィー

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前回、カール・フレッシュのヤン・クーベリック評として、ハルトナックの紹介している文章を引用した。
「クーベリックは、他の人々がやっとその才能を発揮し始める時期に、すでに頂点を越えてしまった不幸な種族の芸術家である。」
これに対して、最近若き碩学(何とお二人から、有難いことである。)からコピーをいただいた佐々木庸一氏訳の同回想録[1]によると、
「クーベリックは30才にならないうちに技術的衰えをみせ、音につやがなく、技術的にかなり不満足な演奏をするようになった。」

両者ともだいたい同じ意味ながら、ハルトナックの方が文学的修辞に富んで、読んでいて楽しい。たぶん、佐々木訳の方が原文に忠実ではあろうが。
30才というと、1910年あたりである。この近辺のフォノティピアは一時期、熱心に集めたが、その後省みなくなって久しい。
この機会に改めて聴いてみたい。ついては録音リストも見たい。
という訳で、ヤン・クーベリックのディスコグラフィーを作ることにした。

第1次大戦前のラッパ吹き込みに関しては、1907年までの青い果実は溌剌として素晴らしいが、頂点を越えたという1910-13年の熟した果実もロマンチックでまた魅力的である。
しかし、戦争の終わった1920年以降は何曲も、しかも2テイクづつ録音していながらほとんどボツ、発売されたものはほとんど無い。
本人が納得できなかったのか、レコード会社がOKを出さなかったのか、VictorもHMVも死屍累々、惨憺たるありさまである。
1933年のUltraphonはその数少ない例であろう。
1934年頃にロンドンで録音されたという、会社名の入っていない白レーベル盤は、まだまだありそうな気がするが、現在復刻されているものしかわからなかった。しかしこれらは聴いていてそんなに面白いものではない。

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by ibotarow | 2014-05-31 17:30 | ヴァイオリン_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(0)
2013年 12月 28日

ロザリア・チャリアのディスコグラフィー

d0090784_7231562.jpgある人が、キューバ生まれのソプラノ、Rosalia Chalia (1863–1948)のレコードの全容を知りたいがバウアー[1]は当てにならない、とおっしゃるので、マルセル・メイエルの時と同じように、レコードを1枚も持っていないのにディスコグラフィーを作りかけています。

マーストンの復刻CD[2]のGregor Benko and Lawrence F. Holdridgeの解説によると、
1897年から99年にかけて、Bettini cylinderに116本吹き込んだが、現存が確認されているのは5,6本だそうです。
1900年と1901年に、seven- and nine-inch Zonophoneに44面、seven- and ten-inch Eldridge R. Johnson Recordに38面吹き込んだ。現存するのはそのうちの約2/3だそうです。
1912年にVictorに19面、またAmerican ColumbiaにSpanish songを11面吹き込んだが、それらは1900-1901年のレコードよりレアだと言われています。

Bettini は、Girard and Barnes[3]を元にしました。116本全てあります。
Zonophoneは、バウアー[1]、マーストン[2]、Symposiumの復刻CD[4]、Online Discographical Project[5]を元にしました。あと6面が不明です。リスト中、?を付けた番号がそれに相当するのではと思われます。
Eldridge R. Johnson RecordおよびVictorは、UCSBのアーカイブ[6]を元にしました。テイクは無視しましたが、1900-1901年に47面、1912年は20面あります。
Columbiaは、Dinosaur Discs[7]のリストとebayの写真[8]を元にしました。あと4面が不明です。




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by ibotarow | 2013-12-28 07:33 | 女声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(2)
2013年 07月 13日

ヨハンナ・ガドスキーのワルキューレ:Fort denn eile

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まず、RC誌のリドレー[1]とマーストンの復刻CD[2]により、ガドスキーの経歴を抄出します。

ヨハンナ・ガドスキーは1872年6月15日にプロシアのAnklamで生まれた。歌のレッスンは7歳から始めた。
1889年、17歳のとき、ベルリンのクロル劇場でオペラ・デビューした。
1892年、Lieut . Hans Tauschと結婚した。彼らは娘を一人さずかった。
1895年、オランダへコンサート・ツアーの後、Walter Damrosch's German opera companyの一員としてアメリカへ渡った。
1898年、メトロポリタンで初コンサート、
1899年、バイロイトとコベントガーデンにデビュー。
1900年、メトロポリタンにオフィシャル・デビュー、以後1917年までメトで活躍するが、この間、
1905-6年、ミュンヘンのモーツァルト生誕150周年記念フェスティバルに出演。
1914年、第1次大戦が勃発した当初は、メトロポリタンのガドスキーの地位には影響がなかった。
しかし、彼女のホームパーティで友人のバリトン歌手Otto Goritzが、1915年に英国の旅客船ルシタニアがドイツの潜水艦によって沈められたことを祝うパロディ歌を歌って以来、彼女の周りでは反ドイツ感情が高まって行った。
しかも彼女の夫はドイツ陸軍の予備役だったし、北米におけるクルップの代表者であったので、アメリカが参戦した時には彼はドイツ代理大使[3]とともに急いで脱出しなければならなった。
1917年、アメリカが参戦した4月6日の7日後、トリスタン上演のカーテンは下ろされ、ガドスキーは引退を余儀なくされた。
その後、ワーグナーがメトで再び上演されるのは1920年まで待たなければならなかった。
1932年2月22日、ガドスキーはベルリンで自動車事故で死亡した。

さて、写真のレコードですが、これは1909年4月30日に吹き込まれた未発売盤、
[B-7027-1] -------DIE WALKÜRE: Fort denn eile (Wagner) 
のビニールプレスです。無銘の黒レーベルから手書き文字がわずかにはみ出していますが判読できません。
同じ曲が、戦雲急を告げる1916年10月25日に吹き込まれています。
[B-19693-1] 87281 DIE WALKÜRE: Fort denn eile (Wagner)
ディスコグラフィーの最後を飾る彼女の白鳥の歌です。

両者をマーストンの復刻CD「2, 4]で何回も聴き比べましたが、前者の方が数段素晴らしい歌唱だと思います。
声が伸びやかで勢いがあり、何と言っても「ジークフリート」と告げるときのポルタメントの美しさ!
ガドスキーのレコードの詳細な分析をしているルイス・ミリョリーニ[5]は、この場面をこう記述しています。
She caresses his name, folding it with gentle tones and surrounding it with loving warmth:

これはワルキューレ第3幕第1場で、ブリュンヒルデがジークリンデのおなかにいる子に「ジークフリート」と名付けて、東の森に逃がす場面で、ブリュンヒルの指示に続きジークリンデの返答も一人二役で歌っています。
以下に、オペラ対訳プロジェクト[6]による対訳を示します。

Die Walküre ワルキューレ ActⅢ-1  

BRÜNNHILDE
(Sieglinde die Richtung weisend )
Fort denn eile, nach Osten gewandt!
Mutigen Trotzes ertrag' alle Müh'n, -
Hunger und Durst, Dorn und Gestein;
lache, ob Not, ob Leiden dich nagt!
Denn eines wiss' und wahr' es immer:
den hehrsten Helden der Welt
hegst du, o Weib, im schirmenden Schoss! -
(Sie zieht die Stücken von Siegmunds Schwert unter ihrem Panzer hervor und überreicht sie Sieglinde)
Verwahr' ihm die starken Schwertesstücken;
seines Vaters Walstatt entführt' ich sie glücklich:
der neugefügt das Schwert einst schwingt,
den Namen nehm' er von mir -
"Siegfried" erfreu' sich des Siegs!

<ブリュンヒルデ>
(ジークリンデに手で方角を指し示しながら)
さあ急いで!東へ行くのよ!
歯を食いしばって耐えるのよ・・・どんな苦しみにも・・・
どんな飢えや乾きにも・・・どんな茨や岩場にあっても・・・
笑うのよ!どんな逆境や苦しみにあっても、笑うの!
でも、今から私が言うことだけは思い出して、それを心の支えにして!
「この世で最もすぐれた男の子が
あなたの身には宿っています・・・!」
(ブリュンヒルデは、ジークムントの剣の破片を鎧の中から取り出すと、その厚い破片をジークリンデの手にゆだねる)
この剣の破片は、お父さんの斃れた地から、私がようやく拾い集めたもの・・・
いつかきっとその子は、この剣を鍛え直して振り回すはず。
その子の名前は私から授けましょう・・・
ジークフリート・・・勝利をことほぐ者・・・と!

SIEGLINDE
(in grösster Rührung )
O hehrstes Wunder! Herrlichste Maid!
Dir Treuen dank' ich heiligen Trost!
Für ihn, den wir liebten, rett' ich das Liebste:
meines Dankes Lohn lache dir einst!
Lebe wohl! Dich segnet Sieglindes Weh'!

<ジークリンデ>
(心の底から感動して)
ああ・・・なんて神聖な奇蹟!なんて素敵な女性!
あなたの誠実さに、私はほんとうに慰められ、救われました!
私たちが愛したあの人のためにも、私は可愛いこの子を守ります・・・
いつか必ず、私の感謝の気持ちが、あなたに微笑みますように!
さようなら!ジークリンデの悲しみをあなたの力に変えてください!

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by ibotarow | 2013-07-13 09:06 | 女声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(0)
2013年 02月 02日

ユリア・クルプのDu bist die Ruh'

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先日、ユリア・クルプ(1880–1970)のDu bist die Ruh'のAnker盤を入手した。みずほの部屋さんのブログで拝見して前から気になっていた、笛を吹く羊飼いの少年レーベルである。nude boy picture labelというらしい。
別に裸の少年に興味があるわけではないが、レーベルの美しさに惹かれたという些か不純な動機である。

ユリア・クルプのVictor録音はRomophoneから復刻CD[1]が出ている。それ以前のOdeonやAnkerの録音は半数ほどが[2]に入っているらしいがボクは持っていない。
そこで、この機会にいつもの編年体ディスコグラフィーをまとめ、彼女のレコーディングの全体像を眺めることにした。

まずOdeonについてはChristian Zwargのオンライン・ディスコグラフィー[3]を参照した。
Ankerついてはみずほさんのブログのレーベル写真を参照した。
Victorはアルマ・グルックと同じくUCSDのデータベース[4]を元にして、上記の復刻CDのリストを参照した。
1914年のGramophoneと1926年のElectrolaについてはケリーのジャーマン・カタログ[5]を参照した。
こうして大体の骨格を作ったが、その後、以前mr.hmvさんからいただいたRC誌のディスコグラフィー[6]があるのに気づき、足りないデータを補完した。[6]には未発売テイクがたくさん載っているが、煩雑になるので[4]にあるもののみとし残りは割愛した。
Victor以前の録音年代に関して、それぞれの文献で相違が見られるものについては併記した。

作る過程で、Odeonの「女の愛と生涯」が二組あることを知った。2回目のベルリン録音はSymposiumの復刻CD[7]を持っているが、最初のアムステルダム録音は見たことも聴いたこともない。
そもそもxAなるマトリクスは初めて見た。Aはアムステルダムの意味であろうか?

また、Du bist die Ruh'がヒストリック・マスターズから出ていることに気づき、そういえば、うちにクルプが1枚あったな、と引っ張り出してみればHM84であった。
Odeon盤とAnker盤を指定どおり74rpmと78rpmで聴き比べると、ピッチは同じように聴こえたので回転数はこれで正しいと思う。
出来栄えは、前者の方が初々しい、というか緊張しているように聴こえる。後者はそれに比べて滑らかに歌っている。
1915年のVictor録音ではさらに洗練され、完成度が高くなっているのであるが。

でも両方とも、あらえびす[8]の言う「温籍優雅」の世界である。
さらに彼の表現を借りて手抜きをすると、「多くの女流人気歌手が、ややもすれば娼婦型の魅力に専念するのに対して」、「女性歌手にはありそうで滅多にない母性の尊さを感じさせるものがある」のである。

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by ibotarow | 2013-02-02 17:13 | 女声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 14日

アルマ・グルック ディスコグラフィー その2

その1からの続きです。

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by ibotarow | 2013-01-14 11:41 | 女声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 14日

アルマ・グルックのCanzonetta (Loewe)

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アルマ・グルック(1884-1938)はボクの中で、派手な感情表現を得意とする大ソプラノ歌手達の陰にかくれて目立たない存在でしたが、先日マーストンから来た、もうすぐ絶版になるCDリストという親切なお知らせにまんまと乗せられ、ヨハンナ・ガドスキ、エウジェニア・ブルツィオ、コンチータ・スペルヴィアなどの絶滅危惧種とともに買ったのでした。
それからひと月ほど、通勤の車の中で繰り返し聴いて、他の大歌手にはない楚々とした美しさに魅せられました。中でもお気に入りは、表題のCarl LoeweのCanzonettaです。幸いYouTubeにありますので、まあ一度聴いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=r9q4zmo-SXc

その後、縁あってVictrola 657の両面盤を入手しました。声の美しさもさることながら、ハープの音がとてもきれいに捉えられています。ヴァイオリンのピチカートもそうですが、弦を撥く音はラッパ吹き込みでも驚くほど生々しく聴こえるようです。

これを記念していつものように録音セッション毎の編年体ディスコグラフィーを作ることにしました。Canzonettaが彼女のレコーディング歴の中でどの辺に位置するのか知りたかったからです。
Victorは、カリフォルニア大サンタ・バーバラ校にマトリクス順のデータベース[1]があるので打ち込む手間がかなり省けます。これとマーストンの復刻CD[2]のtrack listでとりあえず作りましたが、カタログ番号がわからないし、Victor以外にもあるのかないのかよくわかりません。そこでmr.hmvさんに泣きついてお借りしたRC誌所収のディスコグラフィー[3]を参考に、足りないデータを補完しました。互いに矛盾するところやテイク・ナンバーの記述の足りないところが何箇所かあったので、Bolig[4]を見てクロスチェックしました。(字数オーバーのため2つに分割しました。)

mr.hmvさんからは[3]以外にたくさんの関連資料も貸していただきました。ここに厚く感謝の意を表します。

References
[1] Encyclopedic Discography of Victor Recordings, http://victor.library.ucsb.edu/index.php/talent/detail/28182/Gluck_Alma_vocalist_soprano_vocal
[2] Alma Gluck, Marston 52001-2 (1997)
[3] Edward H. Pearson, "Alma Gluck", The Record Collector, Vol. 43, No. 4 (Dec. 1998) 257-269.
[4] John R. Bolig, "The Victor Red Seal Discography Volume I Single-Si ded Series (1903-1925)", (Mainspring Press, Denver, Colorado, 2004) ISBN 0-9671819-8-4

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by ibotarow | 2013-01-14 11:34 | 女声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(2)
2011年 04月 11日

オルソフォニック・ドライバー?

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先日、怪しげなものを落札してしまいました。
ダイヤフラムはオルソフォニック・サウンドボックスのオリジナルだそうです。

オークションの説明文に曰く、
The sound has the same full bass, forwardness and smooth range as the orthophonic sound box.
The only slight difference you may notice is that the treble a tad less brilliant than with the soundbox.
Something you can adjust with the treble control.

これは、サウンドボックスの前カバーを外し、トンボ、スパイダーなどを取り去ったダイヤフラムに、トランジスタラジオのスピーカーのコーン紙を切り取ってボイスコイルを直付けしたものと思われます。


と、ここまで書いて到着を待っているところに、大震災が東日本を襲いました。

それ以来、亀が甲羅の中に首をすくめるように逼塞していました。
まだまだ避難所生活の人も多く、放射能汚染もじわじわと広がっている現状ですが、1か月を迎え、ようやく続きを書こうという気になってきましたので、おずおずと再開したいと思います。

さて件のドライバーは震災直後の15日に到着しました。
それ以来、エージングを兼ねて、もっぱらこればかり聴いています。

見てくれは、思ったとおりかなりズサンな造りで、ダイヤフラムを固定していると思しきエポキシ系の接着剤が周辺部からはみ出しているし、周りのリング状の部分はなんとダンボール紙です。

音は、聴き慣れた蓄音機の音とは大きく異なります。
上の説明文では、高音の輝かしさに少し欠ける、と書いてありましたが、輝かしさなんて全く感じられません。
その代り、低音は今まで使っていたウエスタンのドライバーや、サウンドボックスより豊かです。

その結果、HMV163からまるで普通のスピーカーのような、凡庸な音が聴こえる、という何とも不思議な体験をすることになりました。

高音が軟弱なので、復刻CDの声楽は、みんな鼻が詰まったような声になるのですが、細かいニュアンスはよく出ます。
またラッパ吹き込みのピアノ伴奏や、オーケストラ伴奏の特に木管の音などが、妙な実在感をもって聴こえます。

今まで、蓄音機の鮮烈な音を電気再生で出すことを唯一無二の目標にして、昔のスピーカーにこだわってみたり、マグネチック・ドライバーを付けたり、あれこれ模索してきましたが、それは見果てぬ夢かもしれません。
それに対して、この怪しげなドライバーは、蓄音機とは似ても似つかぬ寝ボケた音ですが、上に述べたような取り柄もあり、これに慣れてしまうと、これでもいいのかな、と思い始めています。

堕落でしょうか? いいえ誰でも。
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by ibotarow | 2011-04-11 06:58 | 蓄音機 | Trackback | Comments(4)
2011年 01月 08日

フェルナンド・デ・ルチアのIdeale

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先日のプランソンのビクター盤の関連で、同時期の標記ビクタープレスがあることを思い出しました。
この機会に、フェルナンド・デ・ルチアのディスコグラフィーを作ろうと思います。
RC誌のディスコグラフィー[1]によると、G&Tへの録音は、1902年から1909年にかけて70面あります。
次の1911年のフォノティピア30面は、以前にリストを載せました。また、1917年~1922年のフォノタイプは300面以上あるので面倒見切れません(笑)。
それで最初の70面について、いつものように録音セッションごとに、マトリクス順に並べたリストを、Truesound Transfersの復刻CD[2-4]のデータをもとに、[1]とケリーを参照して作りました。
各文献で録音時期の異なるのは、例えば、
Milano, 28./30. April 1906
のセッションが、ケリーでは1906年5月となっていましたが、より詳細な情報の方を採りました。

デ・ルチアの最初の録音セッションは、1902年11月29日にミラノで行われました。
この時期はFred Gaisbergが極東へ録音ツアー中だったので、Will C. Gaisberg と Belford. G. Royalが担当し、10インチ10面が吹き込まれました。
マトリクスのサフィックスW2とRが、Will と Royalを表わします。
その中の記念すべき最初の吹き込みが、トスティのイデアーレ(理想の人)です。

前回書いたように、米ビクターは、有名歌手・演奏家の赤盤"Red Seals"シリーズを発売するにあたって、まだ自前の録音スタジオを持っていなかったので、G&Tの原盤を輸入してプレスし、1903年に売り出しました。
上記のセッションからは、5面がプレスされました。
これらは、最初5000シリーズして発売されましたが、1903年10月に12インチの85000シリーズを出した時に、91000シリーズに変更されました。

10インチのレーベルは当初"MONARCH RECORD"でしたが、写真のレコードは"VICTOR RECORD"なので、1905年以降のプレスだと思われます。
でも裏面のステッカーの日付は1904年1月なので、そう時代は下らないでしょう。
これは、この時期だけに現れる、ニッパーの背丈がラッパを超えない子犬である点からも首肯できます。

デ・ルチアは1860年生まれなので、このとき42, 3歳の中年真っ盛り。
こてこてのデ・ルチア節で歌われるイデアーレは、甘酸っぱいロマンティシズムが爛熟の19世紀を彷彿とさせます。

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by ibotarow | 2011-01-08 09:40 | 男声_ラッパ吹き込み | Trackback | Comments(2)