2011年 08月 01日
Félia Litvinne、本名Françoise-Jeanne Schütz、1860年St Petersburg生まれ(11 October 1863の説もあり)。 父はロシア人、母はフレンチ・カナディアン。母の強い影響で、フランス人として育つ。 彼女の3歳年上の姉Hélène Schützは、フレンチ-ポリッシュ・バスのEdouard de Reszkeと結婚。 1893年に、彼女はDr. Emmanuel De Poixと結婚し、歌手のキャリアが中断したが、それは長くは続かなかった。 1895年にマルセイユでカムバックした。 その後Alfred Cortot は、リトヴィンヌのいたパリThéâtre du Château d’Eau の指揮者となった。 話の発端は、「みずほの部屋」さんのブログ[1]で拝見した、コルトー伴奏のリトヴィンヌG&T 33160、サムソンとデリラ。垂涎の盤である。 リトヴィンヌのG&Tで思い出すのは、数年前、ハロルド・ウエイン伝で読んだ、フランスの大コレクターのパリの銀行の地下室に保管されたレコードを受け取りに行くときの話である。拙訳[2]を再掲すると、 ----------------------------------------------------------------------------------------------- フランスも、いくつかの大きなコレクションのソースを提供した。それらの中で有名なのは、1967年のComte De Bryのコレクションである。彼のコレクションは、パリのGrand National Bankに保管されていた。 ハロルドは、レコードを調べるために、アルベリッヒのようなピグミー・サイズの人間(彼らの小さな像が、それらの閉ざされた地下トンネルには必要であったのである)を伴って、地下2階の保管室に降りた。 レコードは安全にロックされていた。カバー無しに積まれていた。 一枚しか存在しないVictor CapoulのJocelynや、Marie de ReszkeのLe Rossignol(Gounod)の1905年のパリ・フォノティピア、それにLitvinne G&Ts, Maurel G&Ts, 究極のミントコンディションのBattistiniのLa mantilla、Ackte Zonophoneなどがあった。 問題は、どうやって運び出すかであったが、フィルム缶に入れて、それらを地表まで運ぶことで解決した。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- リトヴィンヌG&TのようなMajor Rarity(大珍品)ともなると、聴かずに銀行の貸金庫に預けるものらしい。 それはともかく、リトヴィンヌは、1902年12月29日、G&Tに、コルトーの伴奏で8面を吹き込んだ。 マーストン[3]曰く、「フェリア・リトヴィンヌは大女だった。人としても声に関しても。」 このセッションの録音は、機械が想定外の津波のような大声に耐え切れず、みんな声が歪んでいる。 それもあってか、彼女は翌1903年に、同じ8面を吹き込み直した。 したがって、同じカタログ番号で2種類のマトリクス番号が存在する。 1903年のレーベルには、伴奏者はコルトーと記載されている。 ケリーのフレンチ・カタログにも、両セッションともコルトーと記載されている。 ここで右の写真が登場する。この写真は[3]から取ったが、元々の出典は、 未見であるが1953年のRC誌[4]である。 この写真は、パリのG&Tの録音スタジオで、怖い顔をして仁王立ち? した歌手が、稀代のドラマティック・ソプラノFélia Litvinneである。 彼女の後ろに、大きなポスターが貼ってあって、Tamagnoの文字の下に、6行、名前らしきものが見えるが、一番上と一番下は判読できないが、2行目からはかろうじて、Caruso, Calvé, De Lucia, Kubelikと読める。 また、左壁のポスターの女性は、Sarah BernhardtのライバルGabrielle Réjaneかと思ったが、彼女はG&Tに吹き込んでいるのだろうか?少なくともケリーのフレンチ・カタログには見当たらない。 Réjaneを別にすればポスターに登場するアーティスト達は、みんな1902年から1903年初めにかけて吹き込んでいる。 録音スタジオには最新のポスターが貼ってあるだろうと考えると、この写真が撮られたのは1903年だと考えるのが妥当であろう。 というわけで、1903年のセッションのピアニストは女性で、コルトーではないというのが定説らしい[5]。 もちろん反対意見もあって、さる大コレクターの微妙な言い回しを、正確を期するため、原文のまま引用する。 "Still, the playing here sounds to me like a major pianist at work, not unlike Cortot in the first take (1902)." 先日来、両セッションの8種を交互に並べたCDRを作り、ピアノの違いを聴いているところであるが、これがなかなか難しい。 リトヴィンヌのパワフルな歌唱の陰にあるか細いピアノを聴くのは、まるで北斗七星の柄の端から2番目、ミザールの伴星アルコルを見つめるような困難さがある。 下に、マーストンの復刻CD[3]のリストをもとに、Wittenの記事[5]で補完したディスコグラフィーを示す。 オデオンの録音年はChristian Zwarg[6]に従った。 現物が確認されているのは35面、1903年のプライベート・シリンダーと、パテ・シリンダー5本は、Girard & Barnes[7]にのみ登場する。 Fonotipiaは他にもあると言われている。事実、39060 Ich grolle nichtは、長年その存在が噂されていたが、1990年の終わり頃になって1枚のコピーが発見された。 また、オデオン盤にはパテに対抗するために、縦振動にカットし直したPhrynis盤が存在する。 サムソンとデリラ第2幕から、Mon coeur s’ouvre à ta voix「あなたの声に心は開く」は3回吹き込んでいる。 sophia_gluckさんによる日本語訳[8]をフランス語の原詞に無理やり対照させると、 Mon coeur s'ouvre à ta voix, あなたの声に心は開く comme s'ouvrent les fleurs 花が開くように! Aux baiser de l'aurore! 夜明けの口づけに Mais, ô mon bienaimé, でも いとしいあなた、 pour mieux sécher mes pleurs, 私の涙を乾かすために Que ta voix parle encore! もっとお声を聞かせて! Dis-moi qu'à Dalila デリラに言って! tu reviens pour jamais, 戻ってくると Redis à ma tendresse もう一度言って、 Les serments d'autrefois, 昔の誓い、 ces serments que j'aimais! 私が好きだったあの誓いのことばを! Ah! réponds à ma tendresse! ああ! 私の愛に答えて! Verse-moi, verse-moi l'ivresse! 酔わせてください! Réponds à ma tendresse! 私の愛に答えて! Réponds à ma tendresse! 私の愛に答えて! Ah! verse-moi, verse-moi l'ivresse! ああ!酔わせてください! これは、デリラがサムソンを籠絡して弱点を聞き出そうとするときの官能的なアリアである。 本来メゾソプラノが歌うが、リトヴィンヌの豊かなメゾからアルトの声域が聴かれる。 下のリストから抜き出すと、 1902, Paris, G&T [1360 F] 33160 1903, Paris, G&T [2254 CS] 33160X 1910, Paris, Odeon [XP 5022] 56219 である。 2枚のG&Tsは、ボクごときにはとても手が届かないが、3枚目のオデオン盤はなんとか入手できた。 1910年のオデオンになると録音技術も進歩し、彼女の声はかなり良く捉えられているが、それでもクライマックスのハイGフラットでは、完全に機械がオーバーロードとなり、ひどく歪んでいる。 と、マーストンの復刻CDのライナーノートに書いてあった。 マーストンは、excruciating blasts of distortionと言っている。直訳すると「耐え難いほどの歪みの爆風」。 写真の盤を聴いてみると、なるほど、最後の"Ah!"のところで盛大に歪んでいる。木星の輪のような白っぽいリングが爆風部分である。ルーペで見てみると、隣の溝との壁がところどころ無くなって、島嶼の連なりのようになっている。げに恐ろしきはリトヴィンヌのフォルティッシモ。 ただしマーストン盤では、上の当該部分が、マーストンの魔法によって修復されている。 これはこれで楽しめるが、復刻CDはオリジナルを忠実に転写すべきという観点からすると、SYMPOSIUM盤[9]のように、歪んだまま復刻してくれた方がありがたい。法隆寺金堂壁画の模写のように。 Félia Litvinne Discography Gramophone and Typewriter Limited ca. 29 December 1902, Paris, w. Alfred Cortot (pf), Charlie Scheuplin (expt) [1358 F] 33158 LE CID: Pleurez, mes yeux (Massenet) [1359 F] 33159 Les Berceaux (Fauré) [1360 F] 33160 SAMSON ET DALILA: Mon coeur s’ouvre à ta voix (Saint-Saëns) [1361 F] 33161 HAROLD: Lullaby (Nápravnik) [1362 F] 23196 Noch (Rubinstein) [1363 F] 33162 TRISTAN UND ISOLDE: Mild und leise [Liebestod] (Wagner) [1364 F] 33163 DIE WALKÜRE: Ho-jo-to-ho (Wagner) [1365 F] 33182 Ich grolle nicht (Schumann) ca. 1903, Paris, Charlie Scheuplin (expt) [2253 F] 33162X TRISTAN UND ISOLDE: Mild und leise [Liebestod] (Wagner) [2254 CS] 33160X SAMSON ET DALILA: Mon coeur s’ouvre à ta voix (Saint-Saëns) [2255 CS] 033000 SAPHO: O ma lyre immortelle (Gounod) [2256 CS] 33159X Les Berceaux (Fauré) [2257 CS] 23196X Noch (Rubinstein) [2258 CS] 33182X Ich grolle nicht (Schumann) [2272 CS] 33161X HAROLD: Lullaby (Nápravnik) [2273 CS] 033001 FAUST: Seigneur, daignez (extracts from “Church Scene”) (Gounod) [2274 CS] 33163X DIE WALKÜRE: Ho-jo-to-ho (Wagner) [2275 F] 33158X LE CID: Pleurez, mes yeux (Massenet) Private brown wax cylinder ca. 1903, Paris, Le Jongleur de Nortre Dame: Légende de la sauge (Massenet) Pathé Frères ca. 1904, Paris, "Salon" (3½ inch-diameter) cylinders & Discs [2819] 348 SAPHO: O ma lyre immortelle (Gounod) [2820] 349 LES TROYENS À CARTHAGE: Adieu (Berlioz) [2821] 350 FAUST: Je voudrais bien savoir…Il était un roi de Thulé (Gounod) [7259] 351 FAUST: Seigneur, daignez (extracts from “Church Scene”) (Gounod) [2822] 352 L’Incrédule (Hahn) 3931 FAUST: Air des bijoux (Gounod) "Céleste" (5 inch-diameter) cylinder 1904, St. Petersgurg 20820 None but the lonly heart (Tchaikowsky) 20821 HAROLD: Lullaby (Nápravnik) 20822 Cradle Song (Balakirev) 20823 Night (Rubinstein) Fonotipia 1904 or 1905, Paris [XPh 675) 39052 CAVALLERIA RUSTICANA: Voi lo sapete (Mascagni) HMB10 [XPh 676] 39182 LOHENGRIN: Einsam in trüben Tagen (Wagner) IRCC 39182/218 HMB93 [XPh 693] 39060 Ich grolle nicht (Schumann) [XPh 694] 39217 AIDA: I sacri nomi (Verdi) HMB10 [XPh 695] 39218 L’AFRICAINE: Sur mes genoux (Meyerbeer) IRCC 39182/218 Odeon 1910 , Paris, w. orchestral [XP 5022] 56219 SAMSON ET DALILA: Mon coeur s’ouvre à ta voix (Saint-Saëns) [XP 5023] 56220 LA FAVORITE: O mon Fernand (Donizetti) S1038-2 [XP 5024] 56221 LE TROUVÈRE: La nuit calme et sereine (Tacea la notte) (Verdi) S1039 [XP 5025?] 56222(ni) TRISTAN UND ISOLDE: Douce et calme, quel sourire! (Wagner) March 1911 [XP 5158] 56224 CARMEN: L’amour est un oiseau rebelle [Habanera] (Bizet) [XP 5160] 56225 LE TROUVÈRE: Brise d’amour (D’amor sull’ali rosee) (Verdi) S1036 [XP 5161] 56226 L’AFRICAINE: Sur mes genoux (Meyerbeer) S1041 [XP 5177] 56223 LE CID: Pleurez, mes yeux (Massenet) References [1] http://blogs.yahoo.co.jp/sp76rpm/12963449.html [2] http://mixi.jp/view_diary.pl?id=323705266&owner_id=419787&org_id=322861149 [3] The Complete Félia Litvinne And Natalya Yermolenko–Yuzhina, Marston 52049-2 (2006) [4] Harold M. Barnes and Victor Giard, "Franco-Russian singer", The Record Collector, Vol.VIII, No.6 (1953) p.142 [5] Laurence C. Witten II, "A Discography of FELLIA LITVINNE", The Record Collector, Vol.XX, Nos.6-7 (May, 1972) [6] Christian Zwarg, TRUESOUND ONLINE DISCOGRAPHIES, http://www.truesoundtransfers.de/ [7] V. Girard and H. M. Barnes, "Vertial-cut Cylinders and Discs", British Institute of Recorded Sound (1964) [8] http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1416931994 [9] The Harold Wayne Collection Vols.9 & 15, SYMPOSIUM 1101 (1991) & 1128 (1993)
by ibotarow
| 2011-08-01 07:20
| 女声_ラッパ吹き込み
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Comments(2)
またまた失礼いたします。
リトヴィーヌG&T盤は 以前師匠が2枚持っておられて それで分けていただいたような気がします。 マトリックスナンバーの事を教えていただいて なるべくなら早く師匠宅へ伺うつもりですが 楽しみが増えたというかどきどきしますねえ。 ただ師匠宅は珍品レコードはある程度整理されているものの凄いレコードの量ですので‥正直どこにあるかが問題です(笑)。
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ibotarow at 2011-08-02 19:18
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