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いぼたろうの あれも聴きたい これも聴きたい

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2016年 07月 30日

メタ・ザイネマイアのディスコグラフィー

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前回のアイデ・ノレナ(1884-1968) とともに、ディスコグラフィーを作りたいなと思っていたのが、ロバート・バウアーとハロルド・ウエインご両人が絶賛する、ドイツのソプラノ、メタ・ザイネマイア(1895-1929)です。
彼女の魅力は、アイデ・ノレナとは対照的な、濃密な色香あふるるフルボディの歌唱です。

ザイネマイアは1929年に33歳の若さで白血病で亡くなりましたが、もし生き永らえば間違いなくその時代の理想的なイゾルデやブリュンヒルデになったであろうと、復刻CD[1]の解説に書いてありました。
それは、ワルキューレ第1幕のジークリンデを聴けば十分窺い知ることができます。

ザイネマイアにはホームページ[2]があって、そこにディスコグラフィーのデータが載っているので、作ろうと思えばいつでも作れたのですが、彼女の代表作(だとボクが勝手に思っている)ワルキューレ第1幕フィナーレのレコードを入手してからと思っているうちに10年近くたってしまいました。
アイデ・ノレナのディスコグラフィーを作った勢いで、この機会にB&Dをまとめておきます。
まずバイオグラフィーは[2]に詳細な記述がありますが、抄出すると、

1895年9月5日、刑事の父 Wilhelm Seinemeyerと、母 Anna Seinemeyerの娘としてベルリンで生まれる。
1911-1917?年、音楽の教育はシュテルン音楽院で始まり、ベルリン高等音楽学校に進んだ。
1918年7月1日、Berlin-Charlottenburg Opera で、オペラ・デビューを果たした。
1923年1月から4月にかけて、彼女はGerman Opera Company の一行とともにUSツアーに行った。
1924年11月29日、ザイネマイアは、ドレスデン国立歌劇場にゲスト出演し、直ちに契約した。ドレスデンは、終生、ザイネマイアのホームグラウンドとなった。
1925年11月17日、彼女はパーロフォンに最初のレコーディングを行った。この録音はまた、指揮者フリーダー・ワイスマン(1893-1984)との仕事上の(と個人的な)関係の始まりとなった。
1926年3月20日、ザイネマイアは「運命の力」のドレスデン初演でレオノーラを歌った。彼女はこの出演で有名になったが、同時に、白血病の最初の兆候を示した。
1927年5月20日、ジュネーブの国際音楽祭、6月22日および24日、ウィーン国立歌劇場、8月5日、ベルリン国立歌劇場に出演。
5月-8月、ブエノスアイレスのコロン劇場その他に出演、しかし病気のため、南米滞在は短くカットせざるを得なかった。
1929年5月3日、最後の録音「さまよえるオランダ人」が行われたが、完璧主義者の彼女は満足できなかった。ロンドンから戻った後で再録音する予定であったが、その時には録音に耐えられないほど体調が悪くなっていた。
5月9-21日、ザイネマイアはロンドンのコヴェント・ガーデンで5つの公演を行い、高く称賛された。彼女の病気は秘密にされたので、批評家のいずれもが、彼女が病気だったとは知らなかった。
彼女はロンドンでインフルエンザに罹り、白血病のため、回復が思わしくなかった。治療のためにスイスとバイエルンのバートキッシンゲンに行ったが、治療の効果がなかった。彼女は8月の初めにドレスデンに戻った。
8月19日、ザイネマイアは病院のベッドの上で、長年の婚約者フリーダー・ワイスマンと結婚式を挙げた。 そして、その日の夕方に亡くなった。

ディスコグラフィーは[2]を元に、Christian Zwargによる資料[3-5]を参照して校訂しました。
資料間のデータの差異は、あきらかな論理的矛盾を別にして、[3-5]の記述を優先しました。
Artiphonの録音年に関しては、[6]の記述を参考にしましたが、これも出所はChristian Zwargです。

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References

[1] The Art of Meta Seinemeyer, Preiser 89402 (1996)
[2] Meta Seinemeyer (http://www.seinemeyer.com/)
[3] ARTIPHON (http://www.truesoundtransfers.de)
[4] PARLOPHON Matrix Numbers (http://discography.phonomuseum.at/parlomx.htm)
[5] ODEON Matrix Numbers (http://discography.phonomuseum.at/odeonmx.htm)
[6] When were Seinemeyer's first recordings made: 1919 or 1924? (http://www.seinemeyer.com/questions.html#recordings)

by ibotarow | 2016-07-30 08:42 | 女声_電気録音 | Comments(0)


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