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いぼたろうの あれも聴きたい これも聴きたい

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2006年 06月 24日

ロジ―ナ・ストルキオ

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Fonotipia 39400/401 Rosina Storchio: Don Pasquale-Quel guardo il cavalier//So anch' io la virtu magica (Milan 1906)

mr.hmvさんにいただいたRC誌[1]によると、ロジ―ナ・ストルキオは1876年5月19日Mantuaで生まれました。1892年10月、16歳でミラノのヴェルモ劇場でカルメンの端役でデビューしました。若いソプラノのうわさは急速に広まり、1895年、19歳のときスカラ座にデビューを果たしました。
その後、マドリッド、リスボン、ブエノスアイレス、チリ、モスクワ、メキシコ、ベルリン、セント・ペテルスブルグ、リオ・デ・ジャネイロ、キューバ等で引っ張りだことなります。
ストルキオは、いくつかの重要なオペラの創唱者として、知られています。1904年2月17日、彼女はマダム・バタフライの悲惨な初演をおこないました。このときの聴衆の反応はひどいものでした。プッチーニは作品を書き直し、同年5月28日、改訂版の初演を行い成功を収めることになりますが、タイトル・ロールはストルキオに代わって、サロメア・クルセニツカが務めました。
その後も、ヨーロッパと南米で活躍しましたが、スカラ座が彼女の本拠地で、コベント・ガーデンやメトロポリタンに現れたことはありませんでした。スロルキオは「singing actress」の範疇に属します。もし彼女が歌手になることを選ばなかったら、偉大な女優になっていたことでしょう。

G&Tへの吹き込みは1903年、ミラノで行われました。ジョルダーノのシベリアから4面が吹き込まれています。
53331 Siberia: Non sol un pensier
53332 [CON. 390] Siberia: Non odi la il martir
54084 [CON 394] Siberia: Quest' orgoglio (w. De Luca)
054027 Siberia: E' qui con te (w. Zenatello)
フォノティピアへの吹き込みは、1905年から1906年にかけてミラノで10面吹き込まれ、そのうち4面が発売されました。
39400 [XPh 1500] D. Pasquale: Quel guardo
39401 [XPh 1501] D. Pasquale: So anch'io
39402 [XPh 1502] Linda: O luce di quest' anima
39597 [XPh 1794] Fra Diavolo: Si domani
また1910年に同じくミラノで4面が吹き込まれ、それですべてです。
92753 Sonnambula: Ah non credea mirarti
92754 Sonnambula: Ah non giunge
92775 Linda: Ah bel destin (w. Rappini)
92861 Boheme (Leoncavallo): Mimi Pinson
このうち、フォノティピアの6面4曲が復刻されています[2]。ちなみにこのCDには、サロメア・クルセニツカのフォノティピアも13面12曲が復刻されていて、私にとって愛聴盤の1枚となっています。
上のレコードは、ドニゼッティのドン・パスクワーレからノリーナのアリアで、2面続きの曲です。上述のクルセニツカはストルキオと同年生まれで、ほとんどキャリアが重なっていますが、クルセニツカの落ち着いた大人の魅力に対して、ストルキオはもうちょっと愛嬌のある、コケティッシュな魅力があります。あまりいい例えではありませんが、クルセニツカを美空ひばりだとすると、ストルキオは都はるみだと言えば、多少雰囲気がわかってもらえるでしょうか。

最後に、ストルキオとトスカニーニのスキャンダルを一つ紹介しましょう。トスカニーニは1897年6月に、銀行家の娘カルラと結婚していますが、1903年3月、ストルキオはトスカニーニの子を産みました。これはミラノでは公然の秘密でした。彼女はもう歌わないだろうと思われていましたが、12月にスカラ座に復帰しました。そのときはジョルダーノのシベリアの初演でしたが、あまりのアンコールの嵐に、トスカニーニは途中で怒って出て行ったそうです。2ヵ月後のマダム・バタフライ初演の大不評が、このスキャンダルと関係があったかどうかは定かではありませんが、聴衆は、Cio-Cio Sanにストルキオの私生活を重ね合わせて観たことは想像に難くありません。なお、彼らの子供は幼いうちに亡くなったそうです。
トスカニーニは、この後、メトロポリタンでジェラルディン・ファーラーと不倫関係になります。またトスカニーニは、サロメア・クルセニツカにもプロポーズしています。こちらは彼女に拒絶されたそうですが、まったく誰にでも手を出すけしからん男です。

これで、この春に入手した一連の女声歌手盤の紹介はお終いです。
それでは、明日から1週間ほど韓国に行ってきます。

参考文献
[1] Tom Hutchinson "Rosina Storchio", The Record Collecter Vol. XII, No. 3 (Mar. 1958)
[2] Stanley Henig, SYMPOSIUM 1248 The Harold Wayne Collection Vol. 38

by ibotarow | 2006-06-24 06:57 | 女声_ラッパ吹き込み | Comments(0)


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