ティボーのHMVラッパ吹き込み

前回のティボーの記事の最後に、「1924年のラッパ吹き込みを聴きたい」と書きましたが、そういえばHMVのラッパ吹込みが一枚あったな、と引っ張り出してみたら、グラナドスのダンサ・エスパニョーラDB518でした。
改めて聴いてみると、曲想によるのでしょうか、ベートーヴェンのロマンスに聴かれたポルタメントはほとんど影をひそめています。
ティボーはこの曲を好んだのか、3回も録音しています。しかし曲も演奏もボク好みでなかったので、ターンテーブルに乗ることもほとんどなく、忘れ去られてしまったようです。

この機会に、前回と同じくグボーの伝記[1]のディスコグラフィーと復刻CD[2]のリストをもとに、下記に、HMVとVictorのラッパ吹き込みの全容を示します。
1924年のVictor録音は、6面のうち2枚3面がHMVから発売されました。Victorではなぜか未発売です。
○印は、[2]所収のものを表します。1924年のHMVは未入手の復刻CD[3]に入っています。

これで見ると、DB518は、1922年2月6日のティボー最初のHMV録音の一つであることがわかります。
この頃は、ラッパ吹き込みの技術は完成の域に達していたであろうから、1924年の音とは大差ないだろうと、1925年の電気録音DB904と聴き比べてみました。
まず、録音レベルの差はほとんどありません、しいていえば、ラッパ吹き込みの方が大きいくらいです。これは電気の方がカッティング・レベルを抑えたのでしょう。
音質は、ラッパ吹き込みは線が太くて柔らかく、電気の方は細身ですっきりしています。
ステレオタイプな比喩でいうと、真空管アンプとトランジスタアンプの音の違いですかね。
でもその差は決して大きくなく、優劣はつけられません。
ピアノは両方ともヴァイオリンの後に控えて前に出てきません。ピアノの低音が聞こえないところは前に書いたとおりです。このあたり、ラッパ吹き込みのバランスに合わせているようです。
電気の方は、ラッパ吹き込みが技術的に劣るとは決して思わせないように、慎重に録音されていると思いました。

このことは、SPからLPに替わるときも同じような配慮がなされたのでしょうか？
HMVは当時、LPよりSPの方が音がいいんだと宣伝していたようですから。
HMVの最後期SPと最初期LPの音を聴いてみたいもんです。


Discography of the HMV & Victor Acoustic Recordings

1922 Hayes Studio Room 1, Harold Craxton, Piano
6 Feb.
Bb 978III 5-7956 DA 440 Slavonic Dance No 1 (Dvorak - Kreisler)　○
Bb 979II 5-7954 　DA 440 Serenite No 5 (Vieuxtemps)　○
Cc 980II 3-07959 DB 518 Danza Espanola No 5 (Granados - Kreisler)　○
Cc 981II 3-07960 DB 518 Danza Espanola No 6 (Granados - Thibaud)　○
7 Feb.
Bb 982II 5-7955 　DA 441 a) Moment Musical (Shubert - Kreisler), b) Minute-Caprice (Rode - Thibaud)　○
Bb 983I 5-7953 　DA 441 a) Tambourin (Rameau - Kreisler), b) Caprice (Wieniawski - Kreisler)　○
Cc 984I 3-07957 DB 759 Hymn to the Sun (Rimsky-Korsakov - Kreisler)　○

1923 Hayes Studio Room 1, Alfred Cortot, Piano
22 Oct.
Cc 3680I 　08169 DB 785 Sonata in A major for Violin and Piano I (Franck)　○
Cc 3681I 　08170 do
Cc 3682IV 08175 DB 788 Sonata in A major for Violin and Piano II (Franck)　○
Cc 3683VII 08176 do
Cc 3684I 　08171 DB 786 Sonata in A major for Violin and Piano III (Franck)　○
Cc 3685I 　08172 do
Cc 3686IV 08173 DB 787 Sonata in A major for Violin and Piano IV (Franck)　○
Cc 3687III 08174 do

1924 Camden Church Studio, Jesus-Maria Sanroma, Piano
26 Feb.
A 29644 　6-7943 　　　　　　Piccolino - Melodrame (Guiraud)
A 29545II 6-7944 DA 620 Petite Suite - En bateau (Debussy - Thibaud)　○
A 29546 　6-7945 DA 620 Le Deluge - Prelude (Saint-Saens)　○
A 29547 　6-7946 　　　　　　Serenade (Schubert- Thibaud)
A 29548I 　　　　　　　　　　　　Menuet and Gavotte (Veracini)
A 29349I 4-07907 DB 759 a) Le Cygne (Saint-Saens), b) Madrigal (Simonetti)　○

1924 Hayes Studio Room 1
21 Oct., R.Oltman (cond.), a studio orchestra
Cc 5267II 　4-07924 DB 789 Concerto for Violin and Orchestra No. 2 in E, I (Bach)
Cc 5268II 　4-07925 do
31 Oct.
Cc 5269III 4-07920 DB 790 Concerto for Violin and Orchestra No. 2 in E, II (Bach)
1 Nov.
Cc 5312I 　4-07927 do
Cc 5313II　4-07928 DB 791 Concerto for Violin and Orchestra No. 2 in E, III (Bach)
Cc 5314 II 4-07929 DB 791 Intrada (Desplanes), Mme P. Adami, Piano
13 Nov., Harold Craxton, Piano
Bb 5350II　6-7974 　DA 647 Les Cherubins (Couperin)
Bb 5351II　6-7975 　DA 647 Sarabande from "Le Triomphe de sens" (Mouret)
Cc 5352I　 4-07930 DB 801 Sonata in E minor, Menuet and Gavotte (Veracini)
Cc 5353II 4-07931 DB 801 Sonata in E minor, Gigue (Veracini)

References
[1] クリスティアン・グボー, "フランスのヴァイオリニスト　ジャック･ティボー", 村上和男訳、（創栄出版, 1997）
[2] Jacques Thibaud, The 1922-23 HMV and 1924 Victor recordings, Biddulph LAB 014 (1990)
[3] Jacques Thibaud, The 1924-27 HMV recordings, Biddulph　LAB 024 (1994)